花粉じゃばらサプリが僕の脳を刺激する

明治8年創業の奈良県吉野の太陽堂製薬が生薬の技術を活かして昨年暮に作り上げた『花粉じゃばらアプリ』が昨日届きました。
じゃばらとは和歌山県北山村でしか育たない幻の柑橘類。村に一本しかなかったじゃばらの原木を持ち主の福田国三さんが村の特産品にしようと今から45年ほど前に栽培を呼びかけたのが始まり。国三さんは子供の頃からこの不思議な柑橘類が身体に良い何か特別な樹であることに気がついていたのです。
しかしながら周り人々は最初から乗り気だったわけではありません。熱心に町長や村議会に働きかけ、林業以外にこれといった産業のない村を救うことに訴え続けました。
農学者者にも働きかけ、これが世界にも例のない新しい品種であることを証明、それにとどまらず成分分析を紀南かんきつセンターに依頼、料理の専門家を招き試食会を開くなどして熱心にPR活動をした結果、村が動き始めたのです。

そこまで福田国三さんを魅了してしまったじゃばらに僕もすっかり魅了されてしまいました。

何かある、おそらく太陽堂製薬の社長前川仁志さんも思ったのでしょう。

北山村に働きかけてじゃばらを調達し、サプリメントにしてしまったのです。実は村でも自分たちでサプリにしようとしたのですが、成功しませんでした、それに手を貸したのが、青ぐすり、赤ぐすりという和漢薬を製造販売している太陽堂製薬です。

ここでもう一つ、不思議な話をします。和歌山県北山村は日本でただ一つの飛び地の村なのです。周りは三重県と奈良県に囲まれています。林業で栄えた北山村は同じように林業の中心地・新宮が和歌山県なら自分たちも和歌山県と廃藩置県の折に譲らず飛び地を選択した村なのです。この辺り調べてみるときっと明治初期の日本の成り立ちの秘密が見えて来るはずです。北山村と新宮市を結ぶものは北山川、これを筏下りが結んでいたのです。
地理的には太陽堂製薬本社がある奈良県高取が麓になるようです。

そんな地理的にも魅力的な北山村。そしてその村を救ったじゃばら。

その成分をサプリにしてしまった奈良の置き薬の老舗の太陽堂製薬。明治8年創業となっていますが、奈良の置き薬の歴史は実は富山の薬売りよりも古い歴史を持っています。

はるか昔、万葉集には薬草を野に摘む歌が出てきます。そういう昔から奈良は薬の生産地でした。

こんな三題話がいくらでも書けそうなサプリメントの登場に農学部出身で広報を仕事としている僕の脳はフル回転を始めています。


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blc

何かsimplogがかわりましたね。